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平野洋一からのメッセージ 1
日本の山と自然の素晴らしさを再認識しよう
日本の山旅再発見
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私がニュージーランドをベースにハイキングツアーを始めたのは、1984年の
こと。それ以来、毎年約6ヶ月を現地で過ごし、残りの半年を日本でという仕事・
生活を続けてきました。しかしながら、現地での諸事情と心境の変化により、
2005年から現地での事務所・ツアー業務を止めて、最小限の体制で継続して
いくことになりました。 詳細はさておき、この20年間のニュージーランド体験の最大の収穫は、日本の
山の素晴らしさを再認識できたということです。日本という狭い国土の中に、北
海道から九州までそれぞれ異なる山の自然があり、春の新緑から秋の紅葉まで、変化に富んだ美しい自然の移ろいがあり、日本独自のブナ原生林や照葉
樹林、高山植物、そして温泉と地域ごとの食文化など、世界でも第一級の山旅
を楽しめる環境であること、これが20年間外から内から日本の山の自然を見続
けて、ようやく開眼したといえる私の結論です。日本の山と自然は世界一である
こと、今後私はこの愛すべき日本の山旅を中心に、活動を続けていくつもりで
す。日本ならではの山旅の素晴らしさを追及して、皆さんをご案内したいと思い
ます。
日本のブナ原生林は世界一。日本ならではの山歩きとは? ----------------------------------------------------------------------------
日本ならではの山の自然を特色付けている最大の要素は、ブナ原生林にあ
るといっても決して過言ではありません。トチやカツラ、ミズナラの混じるブナ原
生林は、日本独自のもので、落葉広葉樹であるが故にその新緑・紅葉は世界
に類を見ないほどの美しさです。例えば、ニュージーランドや南半球にあるブナは、葉も小さく常緑である為、日本のブナのようにはっきりとした新緑・紅葉が見られません。森全体が淡い
緑に包まれるブナの新緑、そして様々な落葉樹も含めた色とりどりの紅葉風
景は、いずれも日本ならではの美しさといえるでしょう。
「水の神」とも呼ばれているブナはまた、水を蓄え自然を守る森の守り神であ
り、大自然の象徴でもあります。ブナがあるところに本当の自然があり、ブナが
元気に育っている森には木のパワーが満ち溢れています。日本のブナは北海
道の歌才の森を北限とし、鹿児島の高隈山を南限とする範囲で広がってい
ます。ブナの無い屋久島や南九州には、スダジイをはじめ日本ならではの美し
い照葉樹林が、そして北海道にはミズナラがあり、それぞれブナ林に代わる原
生林を形成しています。これまでの山歩きといえば、まずはピークを目指すというのが第一の目的
で、今でも百名山登山に見られるようなピークハントや花が目的という人が圧
倒的に多いことは間違いありません。山の歩き方や目的は人それぞれで、私
はこうした歩き方を決して否定するつもりはありません。頂上という一つの目標
に向かって頑張り通すことも意義がありますし、苦労してたどり着いた頂上で
の爽快感・達成感は何ものにも替え難い喜びとなります。辛い登りの途中で出
会う可憐な花々がいかに励みとなり、元気付けてくれるか、そうした要素も山歩
きの大きな魅力であることは確かなことです。しかし、それとは別に山を取り巻
く原生林の価値というものを再認識すべきであると思います。これまでは、途
中の樹林帯の登りといえば、あくまでも頂上を目指す為の辛いアプローチとい
う考えが圧倒的で、未だそうした考えの人が多いようです。
しかし、それを取り巻く豊かな原生林であることを再認識し、森を歩くこと自体に
価値を見出すことは、山歩きの意義を倍増させる重要な考え方でもあると思い
ます。このことに気付くと、いずれは山歩きの目的が逆転するほど、森歩きの
魅力は奥深く価値あるものとなっていくはずです。平野流山歩きの原点はまさにここにあり、北海道を除くほとんどの山域で、よ
り原生に保たれた天然林を含んだコース選びをしています。目指す山は同じで
も、コース巡りが一味違うのはそのためです。
日本の山は神々の世界・・・山と森からパワーをもらう
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古の昔から、日本の山は神聖な場所として崇められていました。かつて の役の行者や空海上人がその修行の場を山に求めたのも、また修験者が山で修行したのも、日本の山には何らかのパワーがあったからに他なりません。その名残として、日本の山にはあらゆるところに神社の奥宮や、山神様が祀られています。
もちろん今の時代に山を歩く私たちは、決して修行のために山を目指すわけではありません。山歩きの目的や楽しみ方は千差万別、人それぞれ自由な歩き方をすればよいのです。ただし、いずれの歩き方をするにせよ、山を歩く私たちは、古来受け継がれてきた山に対する畏敬の念を決して忘れてはなりません。大自然の山神様に守られた日本の山は、山自体にも人知を越えたパワーを秘めています。一つの山旅を終えた後は、確かに体の疲れはありますが、それ以上にこの上ない充実感に満たされるはずです。これは、山の新鮮な空気の中で程よい運動をして、体脂肪を燃焼させたからというだけでなく、何よりも山と森の持つ偉大なパワーを吸収したからに他なりません。「山と森から元気をもらう」、「元気をもらうために山を歩く」、そんな発想があっても良いのではないでしょうか。
平野流日本の山旅 ----------------------------------------------------------------------------
私がご案内する日本の山旅は、こうした平野流の考え方をベースに企画さ
れており、全てのコースを私自らガイドするため、その数も限られています。
当然のことながら、日本中ありとあらゆる山旅を実施している大手各社のツア
ーに対抗できるものではありません。また、少人数中心であり、宿や温泉にも
こだわり、ゆとりをもった日程であるため、料金的にも他社ツアーに比べて割高
なコースがほとんどです。それゆえ、平野ツアーに無い山や、より安く短期間
で山旅をしたい人は、その都度最適なツアーを選んで頂ければと思います。
そして、たまには私と一緒に山を歩いて元気をもらいたいと思ったら、1年に1度
か2度でも参加してみて下さい。
現在、平野ツアーに参加されるほとんどの人はリピーターで、こうした平野流の
山旅ツアーを理解し、賛同する人々の集まりといっても良いでしょう。中には10
年以上のリピーター夫婦、グループもいますし、1年に1度の楽しみとして参加
される山の会グループもあるのは、本当に嬉しい限りです。私はこうした皆様
が”平野と歩く山旅”を、人生ひとつの楽しみや生きがいにして頂ければと思っ
ています。私はまた、山歩きは一生続けられる最高の趣味であると思っています。現在
ある数多くの健康スポーツの中で、山歩きは人間にとって最も自然に近い無理
の無い運動であると思います。太古の昔から”歩く”ことは、人間にとって最も
基本かつ自然な運動であり、山を歩けるということは、健康であることの一番の
証でもあります。そのためには継続が何よりです。普段の生活でも歩くことを心
がけ、できる限り自分で歩ける近郊の山に頻繁に出かけること、自分のレベル
に応じたコースを自分なりのペースで歩くことを続ければ、山歩きに年齢制限
はありません。私たちにこの上ない元気のパワーを与えてくれる山という大自
然とは、一生付き合っていきたいものです。
山から元気をもらう平野ツアーは、いかに長く山と関わっていくか、そんな山旅
人生の案内人として、皆様のお役に立てれば幸いです。
コロミコ・トレック 平野洋一
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平野洋一 プロフィール
1976年、上智大学仏文科卒業。 雑誌「山と渓谷」「Be-Pal」などに寄稿するアウトドア・ライターを続けながら1981年以来毎年ニュージーランドに長期滞在。南北両島をくまなく旅行し、山歩きを中心に精力的な取材活動を行う。ニュージーランド・アウトドアの第一人者として「ブルーガイド・ニュージーランド」を執筆。トレッキングやアウトドアを含む日本で最初のニュージーランド・ガイドブックとなる。 1984年にフィヨルドランド国立公園内での日帰りハイキングツアーを企画、ハイキングツアー営業ライセンスを取得。同年(株)コロミコ・トレックを設立し、日本人で最初のハイキング・ツアーオペレーターとして、現地での業務を開始。 アウトドア誌やTVを媒体として、ニュージーランド大自然の素晴らしさを紹介し、根強いプロモーション活動を展開、ニュージーランド・ハイキングのベースを築く。 1990年から「日本の山旅」の企画・ガイドも開始、温泉をベースにした山歩きを提唱、独自の山旅ツアーを展開している。
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